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- ブログ : 機械翻訳の懐疑論者は大きな見落としをしていないだろうか
Poster : ellersley 投稿日時: 2012/12/12 (2392 ヒット)

先日のJTF翻訳祭は有意義なひとときでした。自身の講演はさておき、


セッション1第2部 「フリーランスでも安定した生活を ~節税と資産運用に国の制度を徹底利用~」

セッション2 「これだけ知っとけ行動経済学~ブラック翻訳会社に騙されないヒント~」

セッション4 「機械翻訳を組み込んだ翻訳工程の最適化」


の3つを通しで傍聴したのですが、いずれも興味深い内容で刺激を受けました。今回は、セッション4「機械翻訳を組み込んだ翻訳工程の最適化」の所感を述べたいと思います。


セッション4のモデレータをされていた翻訳センターの河野さんは、業界に対する造詣が恐ろしく深く、洞察力が素晴らしく高く、私が勝手に尊敬申し上げている方です。このセッションのキャスティングも素晴らしく、申し分のないセットアップでした。


「機械翻訳+ポストエディット(+翻訳メモリ)」という作業プロセスによる翻訳スループットは1日当たり4000ワードくらいというお話に、質問された井口さんを含め、会場全体が「あんまり大したことないな」という空気に包まれたのですが、その雰囲気に、私は大きな違和感を覚えました。


回答したCA Technologiesの菊池さんは間違いなく、「(既存の翻訳メモリに対する) 100%マッチを除くファジー部分で1日4000ワードくらい」とおっしゃっていたのに、「1日4000ワード」という言葉だけが一人歩きしてしまったようです。


1日4000ワードというスループットは、十分に速いけれども、経験豊富な翻訳者なら素で訳せる速度かもしれません。質問された井口さんは、普段からその程度訳されているのでしょう。


しかし私には、十分に速いと言える数字に思えました。


当たり前のことですが、「100%マッチを除くファジー部分で1日4000ワードくらい」なのですから、1日のスループットは、4000ワードに100%マッチ分を上乗せした値です。100%マッチ部分が6000ワードなら、その翻訳者の1日のスループットは10000ワードです。ローカライズの場合、100%マッチ分は課金されないため、計算から漏れてしまいがちですが、蓄積されたTMが生み出した成果なのですから、それもスループットであることには変わりありません。オール手動翻訳者は、TMを使わない以上、この100%マッチ部分も自分の手で訳すわけです。しかもTMがないわけですから、過去の訳文との不整合が発生します。ローカライズという土俵において、これは許されません。


あくまでもローカライズという場に限定しますが、かくしてハイテク翻訳者とローテク翻訳者の間では、1日あたりの成果物に次のような違いが発生します。


ハイテク翻訳者の場合

新規で訳した4000ワード + 100%マッチ分の6000ワード = 過去の訳文と整合の取れている10000ワード

ローテク翻訳者

過去の訳文と整合の取れていない4000ワード


差は明らかです。


機械翻訳積極派と消極派の主張がどうしてもぶつかり合ってしまう原因として、それぞれの立場で、翻訳するドキュメントが違いすぎるという点が挙げられると思います。


ソフトウェアのリソースファイルやマニュアルは、表現も文体もある程度定型化されている上に、用語や表現の一貫性が強く求められる、いわば工業製品のようなドキュメントです。


それに対し、製品パンフレットやプレスリリースなどのマーケティングコンテンツは完全な散文であり、読者への訴求力が求められる、いわば手作りのオーダーメイド品のようなドキュメントです。


機械翻訳の懐疑論者は、後者のような散文形式のドキュメントに機械翻訳を適用するようなイメージで捉えているのではないでしょうか。


私はローカライズを長年手がけた後、現在は特許明細書を訳しているので、いわゆる前者のようなドキュメントの翻訳が中心ですが、プレスリリースや製品パンフレット、スポーツ記事といった散文の経験も豊富です。業界では比較的珍しい存在かもしれません。


私はTMもMTも使うのですが、ドキュメントの種類に応じて、TMやMTへの依存度を変えます。特許明細書のように、用語や文体の統一が強く求められる仕事では、TMとMTをフル活用しますが、消費者への訴求力が最大限に求められるマーケティングドキュメントでは、全く使わないこともあります。


「機械翻訳が出力した奇妙な日本語を読んで何年も翻訳していたら、言語感覚がおかしくなって、気付かないうちに翻訳が下手になっていく」


とか、


「TMを使うと1文区切りで訳文を作る癖がつき、文脈が織り込まていないブチブチ訳になる」


といった批判は、TM・MT懐疑論者の典型的な批判ですが、その批判に私は懐疑的です。


マーケティングコンテンツのような散文であっても、頻繁に訳していると、


「この文はこの単語を主語にするのが良いな」とか、

「この名詞は動詞化して訳すのが良いな」とか、

「前の分とのつながりを考えると、この情報を強く打ち出すのが良いな」


といった具合に、思考プロセスの自動化が徐々に進行してきます。そしてそのプロセスは、マニュアルのような定型文にも応用されるようになってきます。逆に、用語や表現に一貫性を持たせることは、散文を訳すときでもある程度必要な要素であり、特許などの翻訳で培ったスキルが散文にも応用されます。自身のスタイルを肯定するためのバイアスが多少入っているかもしれませんが、このような相乗効果が生まれているような気がするのです。


機械翻訳の弊害ばかりを指摘して、導入を頑に拒否する姿勢は、関根マイクさんがお話しされていた行動経済学の「現状維持願望」に該当するように思います。


自分のスタイル(=現状維持)に固執すれば、新しくて良いものをも排除してしまいます。


「現状維持は緩やかな下降に等しい」というフレーズが誰の言葉かは忘れてしまいましたが、名言だと思います。



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